よみびとしらず

いたいのいたいのとんでいけ〜!

Sexy Zone「イノセントデイズ 」のMVをオタクが脚色するとこうなる

 遠く、遠く、奥からも光が届いていた。
 ひとつの夢を叶えた5人。今、彼らは武道館のステージに立っている。

 前を向いて手をつなぎ、満席の観客に深々とおじぎをする。顔を上げた5人は誰からともなく輪になって肩を抱き寄せた。大きな歓声を背に受けて、今この瞬間を5人の歴史に刻むように。

 5人はまた次の夢へと歩き出した。

 

◆◆◆◆◆

 

「それ、なんて曲…?」
 ショウリは突然の声に顔を上げる。声の主は近所の高校の制服を着ていた。少女漫画に出てきそうな爽やかな青年。人見知りのショウリは一瞬身構えたが、怖い人ではなさそうだ。
「えっと…自分で作った曲です」
「自分で!?すごい…めっちゃいい曲!!…えっキミ、いくつ?」

 メガネの向こうからあまりにも無邪気なきれいな目で話しかけてくるので、ショウリは呆気にとられた。
(少女漫画だったら今きっと後ろがキラキラしてるんだろうな…)
 姉の部屋にある少女漫画をこっそり読んでいたショウリは、ついそんなことをぼんやりと考えてしまいハッとする。いつも黙っていると怒っているように見られたり、元気がないように見られたり、怯えているように見られたりするからだ。

 案の定、その男子高生は焦って続けた。
「あ…突然ごめんね。びっくりしたよね。俺ケント。月ヶ丘高校に通ってる3年、キミは?」
「今、中3です。ショウリって言います」
「ショウリくん、 中3でこんなにいい曲作って、ギターも弾けるんだ…すごいな。何歳からギターやってるの?」

 ショウリは放課後、家の近くの海岸でギターを弾くのが日課だ。小学生のころから父親のフォークギターで遊んでいたが、本格的に弾くようになったのは中学の入学祝いで自分用のギターを買ってもらってから。大人用の普通のギターでも、もう指の届かない弦はない。毎日のようにいろんなアーティストの真似をして弾き、最近では自分でも曲を作ってみるようになった。

 受験勉強の足音が聞こえてきた6月。そろそろこの日課もやめる時期なのだろうと思いつつ、いまいち進路はぼんやりしたままでいる。

 ショウリはケントとギターの話や作曲の話をした。ケントはすべての話を興味深そうに聞いてくれたし、こんなにじっくりと音楽の話したのは父親以外に今までなかった。そして、お互いに共感したり、わからないことは教えあったり、ケントが対等に会話をしてくれていることが純粋に嬉しかった。

「ケントさん詳しいですね。音楽、好きなんですか?」
「うん、超好き!俺はずっとピアノやってるんだ。あっ、そうだ。ショウリくん来週の日曜、時間ある?」
「来週の日曜…?」
「そう。うちの高校、文化祭やってるから来ない? 日曜の14時から俺、キーボードでバンドやるから。体育館のステージね。中3ならきっと受験の参考にもなるし、バンドはひとりよりも楽しいことたくさんあるよ。はい、これチケットね」
「…ありがとうございます」
「やべ!予備校の時間! じゃあね! 文化祭もしよかったら来てね!!」

 ショウリは風のように去っていった青年の背中を見ながら、初めて会った見ず知らずの人とこんなに楽しく会話をしている自分に驚いた。
(あ、お母さんそろそろ帰ってくる…!)
 ショウリは徐々に夕焼けに染まってきた海に慌てながら、もらったチケットをネックと弦の間に挟むと急いでギターを片付けて家に帰った。

 

◆◆◆◆◆

 

「あいつ、親父がプロのミュージシャンなんだろ?」
「らしいな。家で親父のバンドが演奏する店やってるって」
「子どもの頃から英才教育か。いいよなぁ、そりゃあれだけ歌も歌えるよ」
「だな。…そりゃモテるよな」「だよな」

(全部聞こえてるけどな…)
 フウマは月ヶ丘高校までの長い坂道をゆっくりと歩いていた。前にいるのは同じ軽音楽部の部員だ。他のバンドとはほとんど交流が無いが、辛うじて顔は知っていた。

 だが、他の部員たちはみんなフウマのことを知っているだろう。昨年の1年生のときの文化祭で、フウマは10年に一度と言われる熱烈なデビューを飾っていたからだ。
 小さい頃から遊び半分で父親の店のステージ立っていたフウマは、他の新入部員、いや2,3年生を圧倒する実力と場慣れたオーラを持ち合わせていた。体育館を全て自分のものにして一気にカリスマヴォーカルとして全校に知れ渡ったのだ。

(わざわざ学区外の高校に来たのに…こんな田舎じゃ意味ないか)
 純粋に音楽が好きなのだが、恵まれているだけに妬まれることもある。だから少し離れた高校に進学してバンドをやろうと思っていたのだが、こうなったからには特に気にしていないし、そもそも自信があれば気にならないらしい。我ながらそういうところはマイペースでよかったと、フウマは開き直っていた。そしてありがたいことに、バンドのメンバーも実力派揃いで向上心が高い。誰も引け目を感じることなく、仲良くやっている。その居心地の良さだけでも少し離れた高校に通う価値があったと思える。

「フウマおはよう!」
 そんなことをぼんやりと考えていると元気な声が聞こえた。同じバンドのメンバーだ。先ほどの前を歩いていた部員たちはちらっと振り返り、バツが悪そうに足早に先を行った。
「あぁ…おはよ…」
「眠そうだなぁ。そう言えばあの新曲、キーボードどうする? 誰に頼む?」
 フウマのバンドはコピーだけでなくオリジナルもやっている。作詞はフウマが担当だ。

「あぁ〜ひとり心当たりあるわ。聞いてみる」
「マジで!? 誰!? …もしかしてフウマのクラスのヤマザキさん…?」
「あ、それもいい」
「だろ!? ピアノが弾けて学年一の美女、お前さすがだな〜! 抜かりない!!」
「はぁ? ちげーから。ほんっと、朝からうるさい」

 2人はそれぞれのクラスに到着するまでクラスのどの女子がかわいいだとか、誰と誰が付き合い始めたとか、他愛のない話で盛り上がった。ゴールデンウィークが明けたばかりの5月。文化祭まであと2ヶ月を切っている。

 

◆◆◆◆◆

 

 昨年の文化祭は地獄のようだった。結果として人生が変わるきっかけになるのだが、当然そんなことはつゆ知らず。行事好きなケントにとってもこんなに憂鬱な文化祭は初めてだった。

 ケントは思いがけず、クラス対抗のカラオケ大会出場者に選ばれてしまったのだ。

(どうして…右から3番目にしてしまったんだろう?)
 数年前に流行った曲の替え歌でごまかしてみたりもした。あみだくじなのだから仕方ない。

 しかもただ歌うだけではない。弾き語りをすることになってしまったのだ。クラスの誰かが「ただカラオケで歌うだけじゃ優勝できないよ!」と言い出すと、他人事をいいことに「ケント、合唱コンで伴奏してたよね!?」「そうだ!ピアノ上手いじゃん!」「弾き語りにしよう!!」と、本人の意思は関係なくトントン拍子に決まっていった。

 緊張しいのケントは、ただただ不安だった。
(ピアノを弾くだけでも、発表会であれだけ緊張して手が震えるのに歌まで…)

 そこでケントは強行手段に出る。いつもかけているメガネを外して本番に臨んだのだ。手元はなんとか見える。それに真面目なケントは死にもの狂いで練習をしていた。目をつむっても平気なくらい全部頭の中に入っている。緊張さえしなければ完璧だ。自分を見る客席の視線さえわからならなければいい。

 ケントのステージは大成功した。準優勝だったが、優勝が公開告白をした3年生だっただけに、2年生にしては快挙。そして何よりやりきった達成感も得られたし、歓声が聴こえる中で音楽を楽しむのも悪くないな、と思った。

 後にそれは「体育館ステージに現れた10年に一度の逸材」とともに「中庭ステージに現れた弾き語り王子」として数年間語り継がれることになる。メガネを外してピアノを弾き歌うケントの姿に、今まで見向きもしなかった女子たちまで大騒ぎとなった。

 それから1年近く経ち、話したこともない女子に呼び出されるのも落ち着いてきた3年生の5月。なんの前触れもなく話したこともない“10年に一度の逸材”がケントのことを呼び出した。

「えっと…それはどういう…?」
「あ、すみません。俺、2年3組のキクチです」
「いや、それは知ってるんだけど…」
「え、まじっすか…ありがとうございます…」

 イケイケのバンドボーイで、見かけるといつも周りに人が集まっている。眩しい。しかも学区外受験の秀才らしい。きっと人生はイージーモード。自分とは全く違う道を歩むのだろう。そんな絶対に関わることは無いと思っていた2年のキクチが自分に話しかけている。しかも、なぜか彼はとても照れている。キクチくんは思いのほかシャイらしい。

「いや…なんで俺がキクチくんのバンドに誘われているのかなって…」
「あー…えっと…ナカジマ先輩、去年の文化祭でキーボードの弾き語りしてましたよね? あと、たまに昼休みに視聴覚室のピアノ弾いてますよね? それ聴いてて、なーんかピンと来たっていうか…直感です。新曲のキーボード、先輩に弾いてほしいなーって…ついでにいくつか歌ってほしいパートもあったり…」
「つ、ついでに…歌も…?」
「はい。すぐに返事とかいらないんで、とりあえず明日の練習、見に来てくれませんか? 放課後、視聴覚にいるんで。お願いします!じゃあ!」
「え…!? 明日!? ちょっと待っ…て……」

(あのキクチくんが去年の文化祭のカラオケ大会を見ていて、僕を誘った…? しかも昼休みにひとりで弾いていたピアノも聴かれていた…?)
 言いたいことだけ言って逃げるように走り去ったフウマの背中を見ながら、ケントはまだ信じられない気持ちでいた。

 

◆◆◆◆◆

 

「「「ええ~!?!? 弾き語り王子!?!?!?!?!?」」」

 軽音楽部の部室でもある視聴覚室のドアを開けると、目をまん丸にして驚くバンドの面々があった。
(ああ…この感じ…やっぱりちょっと違うな…)
 ケントは断るつもりで約束通りにフウマのバンドの練習に顔を出した。ノリのいい雰囲気に眩しさを感じる。

「まさか、ナカジマ先輩だとは…驚いた」
「でもフウマが誘ったんだから、当然、興味はわくよね」
「だな」

 カリスマ性ってこういうことか…。どう考えてもケントは場違いだと思うのに、メンバーたちは何も言わないフウマに納得させられている。ダサいと思っていた服でも、カリスマが着ると流行るんだ。ケントは茫然としながら、妙に冷静だった。

「ナカジマ先輩、初見でこれいけますか?」
 フウマはスコアをケントに手渡した。
「え、これって…」
「例の新曲です。1回、俺らだけでやってみるんで、そのあと合わせてみませんか?」

 フウマのバンドは、ギターとベースとドラム、そしてヴォーカルの4ピースだ。そしてその新曲にはキーボードが加わっている。
(断ろうと思っていたのに…)


 軽くチューニングをすると4人の演奏が始まる。
 そしてすぐにケントは圧倒された。正直、高校生のバンドのオリジナル曲でここまで完成度が高いとは思っていなかったから。曲に合わせて楽しそうに、がむしゃらに演奏して歌う4人はとてもかっこいい。

「…って感じなんですけど、どうでした?」
 フウマは曲が終わっても何も言わないケントに問いかける。

「正直、ここまで本格的だとは思わなかったと言うか…驚いた」
 ケントは素直に感じたことを話す。Aメロのあそこがいい、サビの最後のワンフレーズにグッとくる、Cメロの意外性がクセになる。確かに、これにキーボードが入るといいスパイスになりそう。1回聴いただけで出てくる的を得た感想を4人は素直に受け止めた。

「先輩、何となくでいいのでキーボード入れてみてくれませんか?」
「えー! 俺なんかが入って大丈夫かな…」
「歌もフウマが歌割り考えてて、青のマーカーのところが先輩のパートです」
「歌も…!?…どうだろう…」

 メンバーたちに促され、渋るケントにフウマはこう続ける。
「ナカジマ先輩、譜面通りやろうとしなくていいんで、楽しんでみてください」

 ギターのイントロが鳴る。ドラム、ベース、キーボードが順に入る。初めて見た楽譜を追いながら弾くのは大変だが、重なる音が心地いい。そしてフウマが歌い、ケントのパートへ繋ぐ。フウマはさり気なくハモりも入れてみた。

「いいね」
「すごい、先輩めっちゃ弾けるし、歌もいい…」
「フウマとの声の相性も最高だな」
 曲が終わると、メンバーは感動を覚えていた。フウマが目をつけた理由がわかったのだ。

「どうでした?」
「楽しかった…何て言うか…楽しかった」
「なんすかそれ」

 4人が笑うので、ケントもつられて笑う。
 彼らの眩しい青春が手の上に落ちて来たような感覚がした。

「…俺も入れてもらっていいかな?」
「「「よろしくお願いします!!」」」
 ケントは高校最後の夏を、この4人で過ごすと決めた。

 

◆◆◆◆◆

 

(やっとソウちゃんに会える!)
 マリウスは父の仕事の都合で数年おきにドイツと日本を行き来している。これで3度目の日本。1度目は生まれてすぐだったため覚えていないが、2度目は幼稚園年長から小学2年生までを日本で過ごした。

 マリウスは今回の日本で何より楽しみにしていたのは、通っていた絵画教室で出会った少年との再会だ。マリウスは早速、絵画教室を訪れた。
絵がたくさん勉強できる学校(今はそれが美術大学だと知っている)を卒業した先生が教えてくれる町の小さな教室は、今日も生徒が思い思いに絵を描いて過ごしている。

 先生はマリウスのことを笑顔で出迎えてくれた。ドイツでも続けていた絵を見せると、先生はたくさん褒めてくれた。

 そしてなかなか本題に入れずにいるマリウスに気付いた先生はニコリと笑って教えてくれた。
「ソウくんのこと聞きに来たのよね? ソウくんね、忙しくなったみたいで去年の春にやめちゃったのよ…」
「ええ〜…。そっかぁ…」

「でも、今はそこの角を曲がった先の学習塾に行っているみたいよ」
 マリウスの顔にパッと笑顔が戻った。

 早速マリウスは家に帰り「塾に通いたい」とお願いする。パパもママも二つ返事で了承してくれた。マリウスはあと1年で小学校を卒業して中学校に入学する。学校の勉強の違いに不安があった両親は、もともと学習塾を考えていた。

 マリウスがしつこく言うので翌日には早速、ママと一緒に入塾の申し込みへ訪れた。
 町の小さな学習塾はアットホームが売りの地域密着型。例えば自習室では、分からないことを先生ではなく上級生に聞くのがルールだ。塾生は学年関係なく仲良くなるし、いつどんな下級生に質問されてもいいように気が引き締まる。ママはここの方針が気に入ったようだ。早速、入塾手続きをしてくれた。

 マリウスは先生の説明は上の空。早く授業を受けたくて仕方なかった。

「何? 先生、新しい子?」
「お、ちょうどいいところに来たな。高校2年生のフウマね。フウマ、教室案内してやって」
「はーい、てか、超かわいい~! 名前は? 何年生?」
「えっと…マリウスです…6年生…!」

 自分のお兄ちゃんよりも大きい、高校生のお兄さん。マリウスはちょっぴり緊張したが、フウマはカッコイイし優しそうだ。褒めてくれる人にすぐ懐いてしまうからママはよく呆れているけど、自分の直感が間違っていたことは無い。マリウスはそれがひとつの自慢だ。

「マリウス君ね。おいで」
「うん!」

 各教室、掲示板、お手洗いと案内してもらい、そして自習室へ。フウマはドアを開けるなり何かに気付いた。
「あ!! ソウ!!お前また落書きしてサボってる!!」
「わ!!フウマくん…!!ごめんなさ…」
「ソウちゃん!!!」「…え!?マリウス!?」

 マリウスはすぐにソウだとわかった。ソウはお猿さんみたいに目を丸くしてマリウスを見る。マリウスは意外なかたちでソウに会えた。心待ちにしていた感動の再会とはあっけないものなのかもしれない。

「なるほどね。マリウスがドイツから戻ってきて会えたってことね」
「そうなんです。マリウス寂しかったよ~!!会えてよかった!!」
「ボクもソウちゃんと会えて嬉しい!!」

 ソウは全然変わっていない。背は伸びたみたいだが、マリウスも大きくなったので同じくらいだろうか。

「じゃあ、これからはソウがマリウスに勉強を教える番だな」
「ウッ…勘弁してください~。僕、次の中間テストも点数悪かったらダンス禁止になっちゃう…」
「マリウス、さっき落書きしてサボってたの誰だっけ?」
「ソウちゃん」
「マリちゃんまで…あれは息抜きしてただけで…!」

 ここで、マリウスはある違和感に気付く。
(ボク、なんでソウちゃんに勉強教えてもらうんだろう? 中間テストって?)

「フウマくん、質問です。ちゅうかんテストって小学校にあるの?」
「中学と高校だよ。中間テストと、期末テストがある」
「ワォ!ソウちゃん飛び級!? 同じ授業うけられないの!?」
「…まさか。ソウ、お前、小学6年生に見えるらしいな。ドンマイ」
「ええ~勘弁してよ~嘘でしょ~~!?」
「え!!!ソウちゃん、お兄さんだったの!?!?」

 マリウスは日本での居場所を見つけた。

 

◆◆◆◆◆

 

「ソウくん、ここはね、この色を使うといいよ、ハイ」
「マリちゃん貸してくれるの? ありがとう!!」

 留守番がちのソウを心配した姉の勧めで絵画教室に通い始めて1か月。弟みたいでかわいい2歳下の友達ができた。今日は天気がいいのでふたりで外に出てスケッチをしている。

「ソウちゃん、ボクね、今日学校で将来の夢の作文を書いたの」

 なんだか今日のマリウスは元気がなかった。ハーフのマリウスは学校でからかわれることもあるようだ。同じ小学校だったら助けてあげられるのに。でも、今度マリウスが泣いたらソウは隣の小学校まで行っていじめっ子と対決すると決めていた。

「マリウスの将来の夢ってなーに?」
「宝塚に入りたいって書いたんだけど、男の子は入れないんだって…」
「たからづか?」

 いじめられた訳ではなかったみたいでひと安心たが、元気がない原因は小学1年生にして夢が絶たれたからだった。宝塚はステージの上で歌ったり踊ったりする“キラキラした世界”だと言う。でも、ソウは宝塚を知らなくてもその“キラキラ”に覚えがある。

「マリちゃん、きっと宝塚じゃなくてもできるよ! 僕もね、大きくなったらステージで歌ったり踊ったりしてキラキラしたい!」
「本当に? ボク、ソウちゃんと一緒に夢叶える!」
「約束だよ!!」

 1年もするとマリウスがドイツに引っ越すことになった。再会の約束をしたソウは、それからテレビの見よう見まねで練習を欠かさなかったし、中学に入ると脇目も振らず部活はダンス部を選んだ。ダンスに夢中になったソウは絵画教室を辞めることにしたが、マリウスとの約束はずっとずっと胸にあった。

 あれから5年経った中学2年生の4月。ソウが通う学習塾で思いがけない再会を果たす。
 その再会からも1か月経ち、ソウとマリウスは自習室でよく一緒に勉強をしている。

「ソウちゃん、この漢字なんて読むの?」
「えっとね………。フウマくん、この漢字なんて読むんですか?」
「もう、ソウちゃん中学生なのに…」
「もう、ソウちゃん中学生なのに~!」
「フウマくんまで~!お願いします!教えてください!」

 ソウは隣町の高校に通うフウマによく懐いていた。フウマもソウとマリウスどちらもよくかわいがっていた。フウマは一見、怖そうでイケイケな兄ちゃんなのだが、ふたりは根っからの面倒見の良さを見抜いたのだろう。

「そうだ! フウマくん、今年も文化祭でバンドやるって本当ですか?」
「ああ、やるよ。…あ、お前らは来なくていいから」
「ええーーー!!ケチ!!」
「ケチでけっこう!!」

 ソウはフウマが恥ずかしがっているだけで、何だかんだ呼んでくれるような気がしていた。
(諦めずにまた頼んでみよっと!)

「ソウちゃん、文化祭って何??」
「学校のお祭りだよ! フウマくんがそのステージで歌うんだって!」
「ワォ! フウマくん! ボクも行きたい!!お願いします!!」
「はぁ…マリウスまで。よし、わかった。ふたりにに言われたら仕方ない。ソウが中間テストで全教科平均点以上だったら2人分のチケットやるよ」
「やったー!」
「そ、そんなぁ」
「責任重大だからな! がんばれソウ!」
「ソウちゃん…がんばって…!」

どうやらソウがフウマに敵う日はまだまだ来ないようだ。

 

◆◆◆◆◆

 

(あの音、どうやって出すんだろう…)
 ショウリはケントからもらったチケットで月ヶ丘高校の文化祭に来ていた。ケントが出るステージはまだ先なのだが、せっかくなので早めに来て体育館のステージを見ている。

 いろんなジャンルのバンドが出演していて、普段あまり聴かないような曲では、やったことのないギターの鳴らし方を見ることができた。独学のショウリにとって大収穫だ。
(ひとりは気楽だけど、みんな楽しそうだな)

 そして14時前になると、体育館に多くの観客が集まって来た。どうやら目当てはケントの出るバンドらしい。人が増えてしまいステージが見えなくなってしまったショウリは、あえて後ろから見ることにした。前にスペースがあった方がステージがよく見える。

 そしていよいよケントの出るバンドの演奏が始まる。キーボードの前にはケントはおらず、どうやら全部の曲に出るわけではないらしい。それでもショウリは釘付けとなった。
(今までのバンドもみんな上手だったけど、このバンドはもっと上手い!ボーカルの人が歌いだしたら空気が変わった!)

 数曲終わると、メンバーたちはケントを呼んだ。今までの曲はどこかで聴いたことがある曲だったが、次はオリジナル曲をやるそうだ。

 ケントはメンバーたちに紹介されるとキーボードの前に立つ。一呼吸おくと全員でアイコンタクトをとり、イントロのギターの音が鳴った。

 ショウリは完全にファンになった。キーボードが入ったことで増した音の多彩さ、迫力。そして何よりヴォーカルをつとめる2人のバランスの良さが際立つ。
(すごい! すごい!! すごい!! いつか、この2人が歌う曲を書いてみたい…!!)

 それから数曲、アンコールまで大盛況のままケントたちのステージが終わった。

 機材を片付け、次のバンドに繋いだ5人は多くの友人たちに囲まれて体育館を後にする。ショウリはケントを見つけたのだが、声をかけるタイミングが掴めないでいた。

 すると、同じように近くでその様子を見ていた子たちがヴォーカルの人に駆け寄った。
「「フウマくん!!!」」
「おお〜ソウ〜マリウス〜」
「とってもとってもカッコよかった!!」
 無邪気にはしゃぐ子たちと話すフウマに、メンバーは「先に戻る」と伝え歩き出したところでケントがショウリに気付いてくれた。

「ショウリくん…?」
「ケントさん!!」
「え!嬉しい!本当に来てくれたんだ!!」
「呼んでくれてありがとうございます。ケントさんも、ヴォーカルの方も、すっっっっごく、かっこよかったです!!!! ずっとひとりでギターやってたので、みんなでやるの、いいなぁって思いました!」

 ショウリは伝えたいことの1割も話せていない気がしてもどかしい。また、ケントとじっくり話しがしたい。

「何、知り合いの子?」
「知り合いって言うか…この前、ショウリくんが海岸でギターを弾いてるのが聴こえて、それがすごいの!! すっげーいい曲だったから話聞いたら自分で作曲したって」
「へぇえ、気になる」

 ケントがショウリとの出会いをフウマに話していると、一緒にいた男の子たちがショウリのギターに興味を持った。
「キミはギターができるの!? すごい!!」

 短期間でこんなにいろんな人に褒めてもらえるなんて、少しくすぐったい。人懐っこく話しかけてくる2人の男の子たちは、次から次へと質問をしてくる。なんだかうれしい。

 そんな中、ケントとフウマの話題は変わっていた。ショウリは男の子2人の質問に答えながらも、ところどころ会話を聞いていた。

「ケントくん、大学どこか決めてるんですか?」
「県内の国立かな。なんで?」
「卒業したら、一緒に歌やりませんか?」
「えっ、他の3人は…?」
「アイツらはたぶん東京の大学に行きます。俺も国立1本でここ残るんで、また一緒にできたらって…どうですか?」
「うれしい!! 正直、そんな風に考えてくれてるなんて思ってなかったから…でもそうなればいいなって思ってた」
「まじっすか!? じゃあ…」

「ぼ、僕も入れてもらえませんか!!!」
 突然の声に、ケントとフウマ、そしてソウとマリウスも驚いてショウリを見る。ショウリも自分がこんなことを言うとは知らず、自分に驚いていた。

「…いいかもよ? 曲が作れるメンバー」
「たしかに」

 ショウリは心が躍った。まさか受け入れてもらえると思わなかったし、勢いで言ってしまったことに後悔しはじめていたからだ。

「ねぇ! ボクもフウマくんとお友だちのお兄さんたちとステージ出たい!」
「え! マリちゃんずるい!僕も!!! だめですか?」
「はぁ?? お前ら何言ってんの」

(すごいな、この子たち…!)
 グイグイこられると引いてしまいがちな勝利だが、この子たちについてはなぜか嫌な気はしない。それでいいんだ。そんなことすら思えてくる。

「よし、わかった。みんな高校生になったら考えよ。オーディションするのはどうかな?」
「なるほど、オーディションねぇ…」

 今日知り合ったばかりの3人は飛び上がって喜んだ。

「やった~!!ボク頑張る!」
「僕も!」
「頑張ります!」

 2011年夏。
 5人の歴史に1ページ目が刻まれた。

 

◆◆◆◆◆

 

 あの夏から4年。
 ケントは県内の国大に受かり、約束通りユニットを組んで活動を始めた。ショウリも高校入学後すぐにケントとフウマのところにやってきて自作の曲を披露してくれた。2人は満場一致でショウリを迎える。翌年にはフウマも続いて国大へ進学すると同時に、ソウも加入。相当ダンスを頑張っていたようで、バンドでもダンスユニットでもなかった3人にとって、パフォーマンス面で強い武器になっている。

 そして、この春でやっとマリウスも高校生になった。よくソウにくっついて練習に来ていたのでもはや馴染みの顔だったが、マリウスなりに歌を頑張っていたことを全員知っている。その柔らかい声に惚れた4人は正式メンバーとして迎え入れた。正直、ケントもフウマもその場しのぎとしてオーディションと言った面もあったのだが、ひたむきに頑張る3人を裏切ることは考えられなかった。

 今は、学業の傍らライブハウスでパフォーマンスを磨きつつ、デビューを目指して曲を作ってはレコード会社にデモを送る日々だ。基本的に練習は定休日のフウマの家の店に集まっている。

「ソウ、ここのコード進行、どっちがいいかな」
「え〜どっちだろう! でも最初の方がいいな…!じゃあさ、ショウリ、ここにこういう振り付け入れるのどう?」
「フウマ、ここのパートなんだけど上でハモれるかな?」
「いや〜出るかな!? このキー。でも確かに、下より上で行きたいよな…やってみるわ!」
「おっ、さすが!」
「みんな~! サンドウィッチできたよー!!」

 ショウリは店の常連客でフウマの父のバンドメンバーである近所のおじさんが師匠になり、ギターも作曲もめきめきと上達。高校卒業後はそのおじさんの紹介で楽器屋で働いていて、バイト代を社割で買える機材につぎ込んでいる。ソウもダンスの研究に熱心で、定期テストの危機がたびたび訪れるほど熱中している。その度にケントやフウマにすがりつくのだが、厳しいことを言いつつも頼ってくるのはふたりにとってかわいくて仕方ない。

 そして、最後にマリウスが加わったことで5人の視野は広がった。既成概念にとらわれないマリウスは大事な存在だ。

 だが、フウマはあることに気付く。
(今日のマリウスは何かおかしい…)
 無理やり明るくふるまっているように見える。
「なぁマリウス、お前何か隠してるだろ」
「……」

 少し沈黙の後、マリウスはわあっと泣き出した。フウマが泣かせたことは間違いないが、ほかの3人に責められたことでマリウスはぽつりぽつりと理由を話し出した。

 話を聞くと、マリウスの両親のドイツ行きが決まったそうだ。まだ15歳。両親と一緒にドイツに戻ることになるだろう。マリウスはケントとフウマの母校である高校に入学したばかりだし、何よりも4人と離れなければいけないこと寂しがった。

「せっかく仲間に入れてもらったのに…みんなでデビューしたい…終わりたくないよ…」

 リーダーとなったフウマも、5人のカタチが見えてきたところでマリウスを手放すのは悔しかった。でもまだまだ無力で、こればかりはどうしてあげることもできない。マリウスは消化できない思いを抱えたまま家に帰った。

 それから数日。ケントとフウマが突然マリウスの両親に呼ばれる。

「お嬢さんをくださいって言うの、こういう気分なのかな」
「どういう状況だよそれ」

 緊張を隠すように冗談を言うケントと、それに笑うフウマ。マリウスの両親は何度も会っているし5人の活動をよく理解してくれている。それでも緊張しながらインターフォンを押すと、マリウスの母がにこやかに出迎えてくれた。

 大きくてキレイなリビングでソファーに座ったふたりにお茶を出してくれながら、マリウスの母が話し出した。
「この前。みんなにドイツ行きのことを話した日ね、泣きながら私たちに訴えてきたの」
「マリウスは末っ子で甘えん坊の泣き虫だったし、よくわがままを言う子だったけど…こんなにまっすぐに自分の夢を話してくれたのは初めてでね。正直、僕も驚いたんだ」

 マリウスは、本当は人を幸せにするために宝塚に入りたかったこと、そして、その叶わない夢を叶う夢に変えてくれたソウや、才能豊かなショウリと、いつまでも憧れの存在であるフウマとケントに出会えたから、絶対にこの5人で夢を叶えたい。そう話したそうだ。

「つまり…僕たちでマリウスを説得すると言うことでしょうか…?」

 それはフウマにしても、もちろん最年長のケントにしても、あまりにも酷な話だ。
 ところがマリウスの両親からは、意外な提案がされることになる。

「違うんだ。マリウスを日本に残そうと思っているんだよ。この家をそのまま使えるようにするから。シェアハウスって言うのかな、みんなが下宿してくれたら僕たちも安心できると思ってね」
「「え!?!?」」
「ケントくんとフウマくんは、国大に通っているんでしょう? 通学は近くなるし、2人が一緒なら安心だわ」

 2人は予想外の展開に思わず顔を見合わせた。5人で続けられる、それほど嬉しいことはない。

「ただ、一つだけ条件を付けていいかな」
「なんでしょうか」
「マリウスは2人と同じように大学に行きたいと思っている。もちろん、働いているショウリくんも、進学しないって決めているソウくんも自分で自分の道を選んで立派だよ。でもそんな4人を見てきたからこそ、大学に行くことを選ぼうとしているんだ。もしこれからマリウスが大学進学を選ぶようなら、両立させることを約束してほしい」

(20歳そこそこの俺らに、15歳のマリウスの将来が委ねられる…?)
 喜びの後に訪れる不安。フウマもケントも同じ顔をしていた。

「2人ともまだ若いのに、こんなこと言われても困るわよね。ごめんなさいね」
「悩ませてしまうことも、負担をかけることもわかっているよ。もちろん最大のサポートはさせてもらうから、考えてもらえないかな」
「…はい、少しだけ考えさせてください」

 帰り道、ひと足先に大人になるふたりはこれからのことを話した。マリウスだけでなく、ショウリやソウも含めて、自分たちは3人の10代の大切な時間を“預かっている”ということ。舵を取っている自分たちの行い次第で、3人が幸せにも不幸にもなるということ。つまり、一緒にいたことを後悔するような未来にしてはいけない。

 今まではっきりと口に出していなかったが、ふたりの答えは一つだった。

 

 <5人でデビューしたい>

 

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